日々迷走

草なぎ剛でSMAPにおちた、ある社会人の日常

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草なぎさんの舞台話にも、時間をかけてじっくり書いておきたいところなんですが、ひとまず今日見た映画のことを書き残しておきます。
なんだか話題の「告白」。久々に、色々真面目に考えた映画でした。

原作は随分前から気にはなってて、ちらほら立ち読みしてたりもしたんですが、ハードカバーで買うのはなぁ‥と思っていて。
この映画化にあわせて?か、ようやく文庫になったので買って読むことにしました。それが1ヶ月前くらい。
結構仕事がハードな(精神的に)時期だったにも関わらず、2日で読んでしまいました。読みやすいのもあるけれど、やっぱり続きが気になる、面白い作品だと思う。


すみませんが、ネタバレしているので注意してください。

最初の何分か見た感想としては、見事に小説の足りない部分、つまりは独白最中の情景がきちんと補われていて、「完成」している感じはしました。
森口先生の独白のシーンなんて、一向に話を聞こうとしない生徒。あちらこちらで好き勝手に話をし遊んで笑って、でも、時折出てくるキーワードには反応する‥‥‥なんてリアルな姿かと。

とにかく、あの原作の映画化をするのに、中島監督というのは正解だったんだろうと思うわけです。
原作のもつ毒々しさと非常によくあう、映像の美しさと‘狂ってる’感。

なんといっても、ありとあらゆる場面が毒々しい。

中学生ってのは、そういうものだよなぁと思いながら。
表面上は、これ以上ないほどの結びつきを感じさせるくせに、その実まったく相手を信じていない。自分ひとりが大事で大事で、自分以外はその他大勢、有象無象。
今日はともだち。明日は、いじめられる。明後日はいじめる。明々後日はまた、ともだち。
そういう寂しい現実を、改めて感じさせてくれました。
4月になにもなかったかのように笑うクラスメイトたちは、至極当たり前の姿だろうと。
修哉も直樹も美月も、結局ひとり。

でも、所詮は子どもなんです。結局周りの大人が、子どもを変えていくんです。
森口先生の復習はもちろん、ウェルテルだって、直くんのママだって、修哉のママだって。いつだって、翻弄されるのは子ども。
だからこそ、やっぱり子どもを救う、正すのは大人の役目なんじゃないか。森口先生は、なんだかんだでその役目を果たさざるを得なかったかもしれない。

ラスト、小説では単に通話してるだけだった場面が、映像化されると、これまた物凄い衝撃。
泣き崩れる修哉に対峙する森口先生の最後の言葉は、葛藤なんて二文字で済ませれない、説明できない悲しさ。
被害者の母親だけには、徹しきれない。逆にいえば、教師としての綺麗ごとでは終われない。
原作以上の重苦しいラストでした。(上映後、無言で帰り支度をする館内はちょっと奇妙)


出演者の中学生はほとんどが、あまり演技経験のない子だとどこかで見た気がするんだけど、上手云々いうよりもやっぱりリアルだったなぁと感心しました。
そして、やっぱりお松と木村さんがすごすぎた。
木村さんの独白の声なんて、わかっててもわかんない。本当に木村さんの声なの?というくらい、ガラリと変わっていて‥‥恐ろしかったよよよ。


さー今からパンフレットでも読みますか。(そのまえに舞台は?)
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2010.06.21 00:49 | 映画 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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